早期教育について思うこと

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我が家の娘は、今月1歳半を迎えますが、姪(妹の娘)は7ヶ月になったところです。しかし、両者の間には発育の仕方に違いがあるように思います。姪はハーフということもあり、体も大きく、座ったり言葉が出たりするのが、うちの子より早いように思います。

こうなると「比較」の概念が早速顔を出してきます。今まで私は、そのような価値観とは無縁のものと思っていましたが、勝手にそういう思いが出てくるのだから不思議なものですし、また自分に確かに「原罪」があることを痛感する瞬間です。

そのようなことを考えていた時、以下のような記事を発見して教えられました。

早期教育効果は小学生で消える(AERA) – Yahoo!ニュース

我が子によい思いをさせたい、能力を開花させてあげたいという思いはどの親にも共通のものだと思います。それが「早期教育」という形で出てくるのですが、なんと、早期教育の効果は小学1年生の9月にはほぼ解消し、むしろ国語嫌いなどに陥る子どもは、早期教育を受けた子に多いという、なかなか衝撃的なレポートが書かれています。

親の所得と子どもの学力の相関関係についても触れられていますが、むしろ、親と子がどのような関わり方をしているかの方が、より強い関係があるとのことでした。

大いに頷ける結果であると同時に、私も肝に銘じておかなければ行けないな、と思いました。幼少時代、親と語感をフルに使った体験を数多く持っている子供は、後になって持続的に成長できるようになるとのことです。散歩、水遊び、お馬さんごっこ、工作、ボール遊び、お料理。そういったことを、「お教室」のなかでするのではなく、家庭の中で、両親と共に体験できるようにしてあげること。このことがどれだけ子どもの想像力、情緒的安定性に貢献するかは、想像に難くありません。

私は牧師という職業柄、自宅で仕事をしているため、サラリーマンのお父さんよりははるかに、娘と触れあえる時間は多いはずですが、実際には時間に直すとそれ程多くないようにも思います。

娘のために、自分の時間をささげること。多忙な時はなかなか難しくて、つい妻任せになっていたりしますが、反省させられたレポートでした。

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